2009.02.18 Wednesday
村上春樹さん エルサレム賞について
村上春樹がどんな作家で、何を説いてきて、どんな評価をされてきたかなんて事は無学な僕には説明出来ないので私的体験と今回の賞での彼の態度について語りたい。
僕は今38歳で、初めて村上春樹の作品に出会ったのは高校1年か2年の時で、そう考えるともう20年以上も彼のファンであり続けていて、多少なりとも盲目的なところもあるし、彼の作品の人物や風景、食べ物、ライフスタイルに影響されて(それだけではないけれど)現在立派な腹のでた中年に仕上がった訳ですが、最初に手にとったノルウェイの森と慌てて読んだそれ以前の作品にそういう読後感を持ったかどうかはもうすっかり忘れてしまったけれど、かっこいい都市生活者としてのライフスタイルなんかより彼の物語が心の根っ子に絡み付いて離れなかったのは「個人で在る/生き方の選択をするというのは覚悟をする事なんだ」というその現実感だったと思う。
ノルウェイの森以後ダンスダンスダンスで決定的に思ったのは登場人物のそのほぼ全てが必ず大切なものを喪失してしまってるという事だった。ハッピーエンドがない訳ではないし、悲しみにくれる作品という訳ではなく、ユーモアがあって、お洒落で気が利いていて、比喩のジャンプが凄い。物語のねじれも平易な言葉なので僕のような頭の悪い読み手でも自由に物語の中を行き来出来る。正直スプートニクの恋人とかは「こりゃもう駄目かもしれんね」とか思った事もあるし、2000年の村上ラヂオの冒頭なんかはもうこの人終わってしもうたんかいなと思ったりもしたんだけど、ところがどっこいそうじゃなかった。
彼の作家としての活動が、時折見せる激しい反骨精神と個人主義を貫く為に責任と代償を取る、潔く男らしいものであったのをつい最近まですっかり忘れてしまっていた。彼は愛すべき登場人物を何人も作品の中で殺している。物語を紡ぐ為ではなく「人生とはこういうもんなんだ」と僕らの前に提示してくれていた。勿論賛同出来ないものもあるし、死なせて欲しくないキャラクターもあった(ナカタさんとかさ)
このニュースは知らんぷりを決め込もうと思っていたが、彼の本当の意味での作家としての刺し違え、覚悟、そういうのをどうしようもなく感じてしまったので書いてみる事にした。そうだったんだよな、と涙がでた。青春時代、僕らと同じ気分の大人が、巧みに社会や秩序や権力や組織に対して「個人である」という静かで煮えたぎった情熱を持って作品を出してくれて、だからこそ個人と個人の心の結びつきが社会現象となって未だに彼が書いた言葉だけで、誰かとその気分のおおよそがわかりあえる。共通の気分、共通の理由、共通のやり方だ。例えば(度々名前を出して失礼)マイミクのnaolyさんこと直子とは会った事さえないんだけど(僕が勝手に思ってるだけの場合が殆どだけど)直子が、とか、トニー滝谷のお嫁さんが、ミドリが、って一行か二行書いただけでそれがなんの事かわかってしまうんだ。そこには温かい人と人との心のふれあいがあって、優しい気持ちが起こる。
ちゃんと認知出来ていなかったが、今回わかった。
彼は反骨の闘士だった。
個人主義でかっこよい都市生活者なんかじゃなく、力強く社会に対して責任を持つ素晴らしい日本人だ。生半可な手癖で読者を魅了していた訳ではなく、彼には強烈な意思があり、伝えるべき事、伝えなければならない事があったのだ。そしてそれは彼自身「村上春樹」という発信源ではなく、個人と個人の心の繋がりを紡いで、そして、それを強く絆として表現した大きな大きな出来事だった。
彼のエルサレム賞の発言で何十年も喧嘩しっぱなしのイスラエル周辺とアメリカが片付くとは思わんが、僕らにはしっかりと指標が出来た。
僕らは弱く、一人では中々「システム」に対抗する事は出来ないが、ひとりひとりが思想や哲学を武器にせず、間違いに対して、声に出さずとも、書かずとも、間違っている、イケナイ事だ、と感じた時に、そしてそれに連帯を感じた時に、唯一の被爆国であり、侵略戦争の猛者がいた、この国の現代にいる個人として、意思を持つ事を恥ずべき事ではないと、僕は感じた。
僕はここ暫く日本人である事が恥ずかしかった。引き合いにだすのも恥ずかしいので同日にあったニュースとだけ書いておく。恥ずかしい事ばかりだ。
しかし村上春樹のたった数分のスピーチで、日本人は多くの文化とは違う、正しい道と、正しい個人と、正しい個人同士の心の結びつきを獲得したのだと、胸を張って言いたい。
最後に、
彼はかねてより「総合小説を書きたい」という旨の発言をしてた。三島の豊穣の海についてはねじまき鳥で決着をつけたのだろう。次の作品は長編らしい。品川猿も何度読んでも笑みがこぼれる作品だし、走ることについて語るときに僕の語ることはブクブクと肥満体になってしまった僕にとってはいつも小さく奮起させてくれる作品だ。勿論嫌いな作品もあるが、彼の今のこの勇気溢れる気高い意思の上にリリースされる長編小説は、必ず僕の胸を打ち、新しい感受性をもたらしてくれると信じている。
彼にスピーチは、本当に嬉しかった。勇気を貰った。
本当にどうもありがとう、村上春樹さん。

<以下「Kittens flewby me様 村上春樹さんのイスラエル講演をハルキ風に和訳してみた」から引用>
僕は小説家として − あるいは嘘の紡ぎ屋として、エルサレムにやって来た。政治家や外交官も嘘をつくけれど(すみません大統領)、小説家のそれは違う。
小説家の嘘は告訴されないし、またその嘘は大きければ大きいほど、賞賛も大きくなる。彼らの嘘と小説家のそれとの違いは、それが真実を明らかにするところ − 全体の中から掴み取るのが難しい真実をフィクションの世界で紡ぎ出すところ、にある。だが、小説家はまず、自分たちの嘘を明らかにするところから始めなければならない。
今日は真実を話そう。そんな日は1年のうちほとんどないことだけれど。
この賞を受けるのかどうか、僕はガザでの戦闘のことで忠告を受けた。それで自分にこう問うた:イスラエルを訪れるのは適切なことか?それは一方の立場を支持することにはならないか?
僕はいくらか考え、来ることに決心した。僕も多くの小説家と同じように、人に言われたこととは反対に行動しやすい。自分の目で見て、手に触れたものしか信じないような小説家にとって、沈黙するよりは来てみること、来て話すことのほうが自然なことなのだ。そして僕は、立ちはだかる壁とそれにぶつかって割れる卵となら、その壁がどれほど正当でまた卵がどんなに誤っていようとも、卵の側に立つ。
僕たちはみな、割れやすい殻の中にかけがえのない魂を持ち、それぞれに高い壁に立ち向かっている卵なのだ。その壁とは、人としてそぐわないはずのことに人々を強制させる「システム」のことである。
僕が小説を書いている唯一の理由は、人が持つ最も尊い神性を描き出すことにある。僕たちを巻き込む「システム」に対して、その神性のかけがえのなさで満たすことだ。− そのために僕は人生を書き、愛を書き、人々に笑いと涙を差し出す。
誰もが立ちはだかる壁に対し望みを持てない:それは高すぎて、暗すぎて、冷たすぎる、僕たちはそんな割れやすい卵なのだ。だから暖かみや強さを得るために、心を繋ぎあわせなければならない。僕たちは自分たちの「システム」にコントロールされてはならない。それを作り出したのは僕達自身に他ならないのだから。
僕の本を読んでくれたイスラエルのみなさんに感謝しています。この場が何かの意義をもつことができればと思う。僕がここにいる理由とともに。
僕は今38歳で、初めて村上春樹の作品に出会ったのは高校1年か2年の時で、そう考えるともう20年以上も彼のファンであり続けていて、多少なりとも盲目的なところもあるし、彼の作品の人物や風景、食べ物、ライフスタイルに影響されて(それだけではないけれど)現在立派な腹のでた中年に仕上がった訳ですが、最初に手にとったノルウェイの森と慌てて読んだそれ以前の作品にそういう読後感を持ったかどうかはもうすっかり忘れてしまったけれど、かっこいい都市生活者としてのライフスタイルなんかより彼の物語が心の根っ子に絡み付いて離れなかったのは「個人で在る/生き方の選択をするというのは覚悟をする事なんだ」というその現実感だったと思う。
ノルウェイの森以後ダンスダンスダンスで決定的に思ったのは登場人物のそのほぼ全てが必ず大切なものを喪失してしまってるという事だった。ハッピーエンドがない訳ではないし、悲しみにくれる作品という訳ではなく、ユーモアがあって、お洒落で気が利いていて、比喩のジャンプが凄い。物語のねじれも平易な言葉なので僕のような頭の悪い読み手でも自由に物語の中を行き来出来る。正直スプートニクの恋人とかは「こりゃもう駄目かもしれんね」とか思った事もあるし、2000年の村上ラヂオの冒頭なんかはもうこの人終わってしもうたんかいなと思ったりもしたんだけど、ところがどっこいそうじゃなかった。
彼の作家としての活動が、時折見せる激しい反骨精神と個人主義を貫く為に責任と代償を取る、潔く男らしいものであったのをつい最近まですっかり忘れてしまっていた。彼は愛すべき登場人物を何人も作品の中で殺している。物語を紡ぐ為ではなく「人生とはこういうもんなんだ」と僕らの前に提示してくれていた。勿論賛同出来ないものもあるし、死なせて欲しくないキャラクターもあった(ナカタさんとかさ)
このニュースは知らんぷりを決め込もうと思っていたが、彼の本当の意味での作家としての刺し違え、覚悟、そういうのをどうしようもなく感じてしまったので書いてみる事にした。そうだったんだよな、と涙がでた。青春時代、僕らと同じ気分の大人が、巧みに社会や秩序や権力や組織に対して「個人である」という静かで煮えたぎった情熱を持って作品を出してくれて、だからこそ個人と個人の心の結びつきが社会現象となって未だに彼が書いた言葉だけで、誰かとその気分のおおよそがわかりあえる。共通の気分、共通の理由、共通のやり方だ。例えば(度々名前を出して失礼)マイミクのnaolyさんこと直子とは会った事さえないんだけど(僕が勝手に思ってるだけの場合が殆どだけど)直子が、とか、トニー滝谷のお嫁さんが、ミドリが、って一行か二行書いただけでそれがなんの事かわかってしまうんだ。そこには温かい人と人との心のふれあいがあって、優しい気持ちが起こる。
ちゃんと認知出来ていなかったが、今回わかった。
彼は反骨の闘士だった。
個人主義でかっこよい都市生活者なんかじゃなく、力強く社会に対して責任を持つ素晴らしい日本人だ。生半可な手癖で読者を魅了していた訳ではなく、彼には強烈な意思があり、伝えるべき事、伝えなければならない事があったのだ。そしてそれは彼自身「村上春樹」という発信源ではなく、個人と個人の心の繋がりを紡いで、そして、それを強く絆として表現した大きな大きな出来事だった。
彼のエルサレム賞の発言で何十年も喧嘩しっぱなしのイスラエル周辺とアメリカが片付くとは思わんが、僕らにはしっかりと指標が出来た。
僕らは弱く、一人では中々「システム」に対抗する事は出来ないが、ひとりひとりが思想や哲学を武器にせず、間違いに対して、声に出さずとも、書かずとも、間違っている、イケナイ事だ、と感じた時に、そしてそれに連帯を感じた時に、唯一の被爆国であり、侵略戦争の猛者がいた、この国の現代にいる個人として、意思を持つ事を恥ずべき事ではないと、僕は感じた。
僕はここ暫く日本人である事が恥ずかしかった。引き合いにだすのも恥ずかしいので同日にあったニュースとだけ書いておく。恥ずかしい事ばかりだ。
しかし村上春樹のたった数分のスピーチで、日本人は多くの文化とは違う、正しい道と、正しい個人と、正しい個人同士の心の結びつきを獲得したのだと、胸を張って言いたい。
最後に、
彼はかねてより「総合小説を書きたい」という旨の発言をしてた。三島の豊穣の海についてはねじまき鳥で決着をつけたのだろう。次の作品は長編らしい。品川猿も何度読んでも笑みがこぼれる作品だし、走ることについて語るときに僕の語ることはブクブクと肥満体になってしまった僕にとってはいつも小さく奮起させてくれる作品だ。勿論嫌いな作品もあるが、彼の今のこの勇気溢れる気高い意思の上にリリースされる長編小説は、必ず僕の胸を打ち、新しい感受性をもたらしてくれると信じている。
彼にスピーチは、本当に嬉しかった。勇気を貰った。
本当にどうもありがとう、村上春樹さん。

<以下「Kittens flewby me様 村上春樹さんのイスラエル講演をハルキ風に和訳してみた」から引用>
僕は小説家として − あるいは嘘の紡ぎ屋として、エルサレムにやって来た。政治家や外交官も嘘をつくけれど(すみません大統領)、小説家のそれは違う。
小説家の嘘は告訴されないし、またその嘘は大きければ大きいほど、賞賛も大きくなる。彼らの嘘と小説家のそれとの違いは、それが真実を明らかにするところ − 全体の中から掴み取るのが難しい真実をフィクションの世界で紡ぎ出すところ、にある。だが、小説家はまず、自分たちの嘘を明らかにするところから始めなければならない。
今日は真実を話そう。そんな日は1年のうちほとんどないことだけれど。
この賞を受けるのかどうか、僕はガザでの戦闘のことで忠告を受けた。それで自分にこう問うた:イスラエルを訪れるのは適切なことか?それは一方の立場を支持することにはならないか?
僕はいくらか考え、来ることに決心した。僕も多くの小説家と同じように、人に言われたこととは反対に行動しやすい。自分の目で見て、手に触れたものしか信じないような小説家にとって、沈黙するよりは来てみること、来て話すことのほうが自然なことなのだ。そして僕は、立ちはだかる壁とそれにぶつかって割れる卵となら、その壁がどれほど正当でまた卵がどんなに誤っていようとも、卵の側に立つ。
僕たちはみな、割れやすい殻の中にかけがえのない魂を持ち、それぞれに高い壁に立ち向かっている卵なのだ。その壁とは、人としてそぐわないはずのことに人々を強制させる「システム」のことである。
僕が小説を書いている唯一の理由は、人が持つ最も尊い神性を描き出すことにある。僕たちを巻き込む「システム」に対して、その神性のかけがえのなさで満たすことだ。− そのために僕は人生を書き、愛を書き、人々に笑いと涙を差し出す。
誰もが立ちはだかる壁に対し望みを持てない:それは高すぎて、暗すぎて、冷たすぎる、僕たちはそんな割れやすい卵なのだ。だから暖かみや強さを得るために、心を繋ぎあわせなければならない。僕たちは自分たちの「システム」にコントロールされてはならない。それを作り出したのは僕達自身に他ならないのだから。
僕の本を読んでくれたイスラエルのみなさんに感謝しています。この場が何かの意義をもつことができればと思う。僕がここにいる理由とともに。


